東京高等裁判所 昭和28年(う)2538号 判決 1953年12月01日
控訴人 被告人 小原敏雄こと佐藤新三郎
弁護人 工藤精二
検察官 中条義英
主文
原判決中被告人佐藤新三郎に関する部分を破棄する。
被告人を原判示第二事実につき懲役三月に、同第三、第四、第七、第八事実につき懲役三年に処する。
原審の未決勾留日数中五〇日を右懲役三年の刑に算入する。
原審の訴訟費用のうち三分の一及び当審の訴訟費用の全部は被告人の負担とする。
原判示第一事実につき被告人を免訴する。
理由
本件控訴の趣旨は末尾添附の被告人名義及び弁護人工藤精二名義の各控訴趣意書と題する書面に記載の通りである。これに対して次の様に判断する。
弁護人論旨第一の二に対して
原審第四回公判調書には検察官が原判示第八の事実について量刑意見を陳述した旨の記載を欠くことは所論の通りであるが、原審記録によれば、原裁判所昭和二八年(わ)第四号窃盗(原判示第八事実)被告事件の第三回公判期日の冒頭に「本件に原裁判所同年(わ)第九八号窃盗等(被告人については原判示第一、第二、第三、第四、第七事実)被告事件を併合審理する」旨の決定が告知されて爾来右併合審理がなされ、その第四回公判期日において証拠調終了後検察官が本件公訴事実は被告人等の自白並びに取調べた証拠により証明充分である。よつて相当法条適用の上被告人佐藤に対し第一(本件記録に照し原判示第一に該当するものと認められる)事実について懲役六月、第二(同原判示第二に該当)事実について懲役六月、第三、四、七(同原判示第三、第四、第七に夫々該当)事実について懲役四年の科刑を相当と思料する旨意見を述べたことが認められる。従つて検察官は右公判廷において原判示第八事実に関しても証明十分であり相当法条を適用すべき旨の事実及び法律の適用について、意見を述べたものであつてたゞその際量刑意見のみを遺脱したに過ぎないのである。刑訴法第二九三条第一項には「証拠調が終つた後、検察官は事実及び法律の適用について意見を述べなければならない」と定めているが、之を同条第二項及び刑訴規則第二一一条と対比するときは、裁判所が証拠調を終つた旨を検察官に告げたとき検察官において若し必要ありと認めるときは自ら進んで国家機関の職務遂行として右法条による意見を述べるべきであるから、裁判所はたゞ検察官の右職務遂行の時期を指摘さえすれば、それで十分であり、その際仮に検察官が事実及び法律について全く意見を述べず、裁判所がそのまま弁論を終結しても差支えないのであつて、その手続には何等瑕疵はないと解すべきものである。況んや本件においては前叙の通り原判示第八事実のみについて検察官の法律適用意見のうち量刑意見だけが遺脱されたに過ぎないのであり、この様な場合には裁判所が之を釈明することは適切且望ましいことではあるが、必ず右釈明をしなければならないものではないから、原審の訴訟手続には所論の様な法令違反の廉は毫も存しないこと勿論である。論旨はいづれも理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 江里口清雄)
弁護人工藤精二の控訴趣意
第一の二、原判決の第四回公判調書に於ては「検察官は被告佐藤に対し第一事実に就ては懲役六月第二事実に就ては懲役六月第三第四第七事実に就ては懲役四年と記されて居るにも拘らず原判決は「其の他の事実に就き懲役三年と為し、其の他の事実の中に検察官求刑以外の第八事実が含まれて居る事は原判決理由中明白で有る。刑事訴訟法第二九三条第一項は、「証拠調が終つた後検察官は事実及び法律の適用に就て意見を陳述しなければならない」と規定し法律の適用の中には刑の量定に関する意見即ち求刑意見の含まれて居る事は論を待たず検察官は上記の訴訟法より義務を当然負はされて居るのである。更に刑事訴訟規則第四四条第一項第二十七号には、訴訟記録には「証拠調の終つた後に陳述した検察官、被告人、弁護人の意見の要旨を記すべく」要請せられて居るから原判決は刑事訴訟法第五七条に依つて原判決手続に於て検察官が求刑を為さなかつた事は明白であるから原判決手続は訴訟手続に法令の違反の有つた事は明確で有る。勿論裁判官は検察官の求刑意見に拘束はせられないとしても公益を代表する訴追者としての検察官の意見を当然参酌して判決を為すべきで有るし、又そうで有るからこそ現在迄未だ検察官の求刑が為されて居ると見るべきであらう。原判決は此の点判示第一第二以外の残りの罪に就て懲役三年を云い渡したが検察官の求刑外の事実を含めて此の様な刑を云い渡す事は又当然原判決に影響したものと云うべく、訴訟手続に法令の違反有るものとして原判決は破毀せらるべきである。
(その他の控訴趣意は省略する。)